「AIを導入する」と「AIで仕事を変える」は違う — 250名の会社で実際に起きたこと

生成AIを使えば、文章を書くのも、調べものをするのも、コードを書くのも、以前より速く進みます。
ところが、経営の立場から社内を見渡すと、少し違う景色がありました。
一人ひとりの作業は速くなっている。それなのに、進捗を集める会議は減らず、報告書の作成は相変わらずマネージャーの負担になっている。
「個人」は速くなったのに、「会社」は同じように速くなっただろうか?
この問いが、私たちの取り組みの出発点でした。個人の生産性が上がることと、組織の仕事の進め方が変わることは、同じではなかったのです。
私たちについて
はじめまして。SY Partnersの代表取締役社長、ヴー・ビック・ゴック(Vu Thi Bich Ngoc)です。
ベトナム・ハノイと日本・横浜を拠点に、約250名のメンバーとともに、日本市場向けのシステム開発・QA・AI開発に取り組んでいます。
弊社では開発プロセスへのAI活用を進めており、現在、社内プロジェクトの約9割で生成AIを活用しています(社内実績です)。エンジニア個人にとって、AIはすでに日常の仕事の一部です。
それでも、組織としての生産性は別の問題でした。過去案件の知見や開発標準は、Redmine、GitHub、共有フォルダ、そして詳しい人の頭の中に散らばっています。必要な情報を探すより、誰かに聞いた方が速いこともある。PMやリーダーは、進捗をまとめ、報告書を整え、会議で決まったことを追いかける仕事に時間を使っていました。
AIで一つひとつの作業を速くしても、情報の流れや役割分担が変わらなければ、会社全体の働き方は変わりません。

「AIツールを配る」ことを、ゴールにしない
AIの導入というと、ツールを契約し、社員にアカウントを配り、研修を行うことから始まります。それ自体は必要です。
ただ、そこで止まると、成果は個人の工夫に依存します。うまく使える人とそうでない人の差が開き、AIで生まれたノウハウも個人のフォルダに閉じたままになりやすい。つまり、個人は速くなっても、組織の資産が増えるとは限りません。
私が変えたかったのは、社員に「もっとAIを使ってください」と求めることではありません。
必要な情報に、必要な人が、安全にたどり着けること。そして、人が本来判断すべき仕事に時間を使えること。
そのために、AIを個人の便利な道具としてだけでなく、業務の仕組みそのものに組み込むことにしました。
最初に選んだのは、華やかではない仕事
そこで昨年から、社内AIエージェント基盤「SYAgent」の開発・活用を進めています。
最初に選んだのは、プロジェクト管理の領域でした。進捗報告の作成、報告のレビュー、決まったことのフォローアップ。どの会社にもある、目新しくはないけれど、毎週繰り返される仕事です。
最初から全社の業務を一気に変えようとはしませんでした。一番困っている業務から、小さく始める。 複数のプロジェクトでベータ版を使いながら、現場の反応を見て改善を続けています。
もう一つ、経営として決めていたことがあります。私たちはお客様にAI活用をご提案する立場です。だからこそ、お客様に勧める前に、まず自社で使って痛い目を見ること。うまくいったことだけでなく、期待どおりにいかなかったことも経験してから提案したいと考えました。
技術の前に決めた、三つの約束
導入にあたり、技術仕様の前に三つのルールを決めました。
1. AIは必ず「根拠」を示す。 回答には、社内のどの資料・データに基づいたかを必ず添える。根拠を示せないことは「わかりません」と言わせる。
2. 見ていい情報の範囲は、会社のルール通りに。 プロジェクトや役割ごとのアクセス権限をAIにもそのまま適用する。AIだからといって特別扱いしない。
3. 最後に決めるのは、必ず人。 AIが作るのは下書きと一次的な分析まで。報告の確定、評価、意思決定は必ず人間が行う。
この三つは、システムを安全に動かすための条件であると同時に、社員が安心して使うための約束です。そして、経営者が安心して使わせるためのルールでもあります。

一番考えさせられたのは、社員の不安だった
正直に書くと、導入当初から全員に歓迎されたわけではありません。
一番印象に残っているのは、ある社員の**「AIに評価されるんですか?」**という質問です。
管理業務を支援するAIと聞けば、監視や査定の道具になるのではないか、と心配するのも自然だと思います。私たちは、こう説明することを繰り返しました。
AIが作るのは下書きまで。あなたを評価するのは今まで通り人間で、むしろ報告づくりの時間をあなたに返すための仕組みです
機能を説明するだけでは、新しい仕組みは受け入れられません。「何のために使うのか」と同じくらい、「何には使わないのか」を明確にする必要がありました。
三つ目のルールである「最後に決めるのは人」は、技術的な方針である以上に、社員の不安に対する経営としての答えだったと思います。
使われる機能と、使われない機能があった
ベータ版では、使われ方にもはっきり差が出ました。
よく使われたのは、プロジェクトの状況を聞くと根拠付きで答える機能や、報告書の下書きです。一方で、開発側が「便利だろう」と考えて作った機能の中には、ほとんど使われないものもありました。
違いは何だったのか。課題の切実さでした。
現場が日々困っている仕事を助ける機能は使われ、「あったら便利そう」な機能は使われない。技術的にできることと、現場が本当に必要としていることは違います。
使われない理由を社員の理解不足のせいにするのではなく、そもそも解くべき問題が合っていたのか、仕事の流れに無理なく入っていたのかを問い直す。小さく始めたからこそ、そうした修正ができました。
3ヶ月で変わったこと
ベータ版を複数のプロジェクトで使い始めて約3ヶ月。劇的な革命が起きたわけではありませんが、確かな変化があります。
報告書の準備にかかる時間は明らかに減りました。 それ以上に大きいのは、報告の品質が人によらず揃ってきたことです。根拠となるデータが共通になったことで、会議が「数字の確認」ではなく「判断の議論」から始められるようになりました。マネージャーが一人で見られる範囲も、少しずつ広がっています。
いずれも社内での実感値です。案件の特性によって効果は異なると思いますし、全社的な定量評価については、これからも継続して見ていく必要があります。
私にとって大切なのは、報告書を何分で作れるかだけではありません。人が情報を集め直すための時間を減らし、「何が問題で、次に何を判断するか」を考えられるようになることです。
経営者として、いま考えていること
この1年の取り組みを振り返って、三つのことを感じています。
AIは人を置き換えませんでした。仕事の形を変えました。 報告書を「書く」仕事は、下書きを「確認して確定する」仕事に変わりました。だからこそ、AI導入は社員の教育や働き方の見直しとセットで考える必要があります。弊社では、人材育成の仕組みにもAIを広げようとしています。
技術は半分でしかありませんでした。 残りの半分は、ルールづくり、不安への丁寧な説明、そして使われない機能を素直に認めて直すことです。AIによる業務変革は、単なる技術プロジェクトではなく、組織の取り組みでした。
小さく始めてよかった。 最初から全社的な構想だけを大きく描いていたら、いまも構想の段階にとどまっていたかもしれません。
「AIで人を置き換えるか」よりも、**「AIに任せられる作業が増えた先で、人にどんな仕事をしてほしいか」**を考えることが、経営にとって重要だと感じています。
これから始める方へ
もしこれからAIを組織の仕事に組み込もうとされているなら、私たちの経験からお伝えしたいことは三つです。
- 一番困っている業務から、小さく始めること。
- 根拠・権限・人による決定というルールを先に決めること。
- 使われたかどうかを測り、使われないものは素直に見直すこと。
私たちもまだ道の途中です。成功したことだけでなく、現場から出た不安や、使われなかった機能についても共有していきたいと思います。
同じテーマに取り組んでいらっしゃる方と、ぜひ情報交換できれば嬉しいです。
技術的な詳細(出典付き回答の設計、権限制御、品質の測り方など)は、SY PartnersのZennの記事でも紹介しています。
SY Partners / 代表取締役社長 ヴー・ビック・ゴック(Vu Thi Bich Ngoc) 公式サイト(日本語)


