AX(AI変革)の現在地は、一枚の「色塗り地図」でわかる — SI企業で実際に描いてみた | 代表取締役社長 ヴー・ビック・ゴック

前回の本記事では、「AIを導入すること」と「AIで仕事を変えること」の違いについて書きました。お読みいただき、ありがとうございました。
今回はその続きです。テーマは、経営者として次にぶつかった問いです。
「うちの会社のAI変革(AX)は、いったいどこまで進んでいるのか?」
恥ずかしながら、私はこの問いに即答できませんでした。社内プロジェクトの約9割で生成AIを活用している(社内実績です)。社内AIエージェントも動き始めた。それなのに、「全社として、どこが進んでいて、どこが手つかずなのか」を一枚で説明できなかったのです。
全体像が見えなければ、次にどこへ投資するかも決めにくくなります。そこで私たちは、会社全体のAXを一枚の地図にして、色を塗ることにしました。
「AX」とは何か — DXとの違いを一言で
AX(AI Transformation)という言葉を、私たちはこう定義しています。
AIを前提に、お客様への価値提供の仕組み全体を組み替えること。
ポイントは「全体」です。コーディングにAIを使う、議事録の作成をAIに支援してもらう。どちらも有効ですが、それだけでは会社全体の変革は見えません。SI企業であれば、提案・見積から要件分析、設計、実装、テスト、保守・運用までのバリューストリーム全体と、それを支える人・データ・組織の仕組みまで含めて、初めて「変革」と呼べると考えています。
DXが「デジタルを前提に業務を組み替えること」だったとすれば、AXは「AIが働き手の一員であることを前提に、仕事の分担と流れを組み替えること」です。
一枚の地図 — 4つの層で会社を描く
私たちが描いた地図は、下から上へ4つの層でできています。
第1層:土台(人・組織・ガバナンス)
職種ごとの標準的な役割と能力の定義、組織構成、そしてAI利用のポリシー(セキュリティ・知的財産・顧客データの扱い)。地味ですが、ここが弱いまま上を積むと、どこかで必ず止まります。
第2層:イネーブラー(変革を支える基盤)
社内のデータ・ナレッジ基盤(過去の設計資産、テスト資産、プロジェクトの教訓——AIの「燃料」になるもの)、人材育成の仕組み、そして業務を支えるAIエージェント群。
第3層:バリューストリーム(価値を生む工程)
SIの仕事の流れそのもの。提案・見積 → 要件分析 → 設計 → 実装 → テスト → 保守・運用。この工程一つひとつが、AXの「塗る対象」です。
第4層:アウトカム(お客様への価値)
速く・良く・適正なコストで。最終的にここに効いていなければ、どんなAI活用も自己満足です。
この4層に主要な活動を配置すると、A4一枚で見渡せる「会社の全体図」ができあがります。

図:SY Partnersで使用しているAXマップのイメージ。各マスを「未着手」「取り組み中」「定着・成果確認」の3段階で可視化します。
色を塗る — そして、青く塗る基準を決める
次に、各マスを3色で塗ります。
- 白: 未着手、または状況を確認できていない
- オレンジ: 取り組み中
- 青: 定着し、数字で成果を確認できている
ここで一つだけ、厳しいルールを決めました。
数字で変化を確認できないマスは、青く塗らない。
AIの世界は「やっている感」が出やすい世界です。デモは動く、現場は忙しい、だから進んでいる気がする。でも、生産性・品質・リードタイム・コストのどれかで変化を示せないなら、それはまだオレンジです。どの指標を見るかは工程ごとに異なります。それでも、評価方法を先に決めたことで、地図はずいぶん正直なものになりました。

図:数字で変化を確認できるまでは、オレンジのまま。青になったマスも、使われなくなればオレンジに戻します。
塗ってみて分かった、3つのこと
出来上がった地図を眺めて、経営者として考えさせられたことが3つあります。
1. AIが得意な場所と、会社のボトルネックは必ずしも同じではない。
私たちの地図で真っ先に青くなったのは実装(コーディング)でした。生成AIが最も得意な領域ですから当然です。しかし私たちの案件を振り返ると、納期と品質を大きく左右しているのは、実は設計とテストです。そして、その2つはまだオレンジでした。「AIが得意なところ」から塗っていくと、「会社として一番効くところ」が後回しになる——地図にして初めて、この偏りが見えました。
2. エージェントより先に、「燃料」がいる。
AIエージェントは、参照できる社内のデータとナレッジの質で賢さが決まります。過去の設計資産や教訓が整理されていなければ、どんなに立派なエージェントも一般論しか話せません。地図の上では、エージェントのマスより先に、データ・ナレッジ基盤のマスを塗るべきでした。派手な方から手を付けたくなる誘惑に、地図がブレーキをかけてくれます。
3. ガバナンスは「制約」ではなく「拡張の条件」。
日本のお客様のシステムを預かる会社として、顧客データ・知的財産の扱いを決めずにAI活用を広げることはできません。逆に言えば、ポリシーと統制を先に固めるほど、安心して適用範囲を広げられる。ガバナンスのマスは、ブレーキではなくアクセルの一部だと考えるようになりました。
地図は、経営の言葉になる
この地図の一番の効用は、経営会議の議論が変わったことです。
「AIをもっと活用しよう」という漠然とした話が、「どのマスを、どの順番で青にしていくか」という具体的な話になりました。色の分布は、そのまま投資の優先順位の議論になります。順番の原則も決まりました——土台を安全な水準まで固め、ボトルネックの工程(私たちの場合は設計とテスト)を優先し、並行して「燃料」となるナレッジ基盤を育てる。

図:真っ先に青くなったのは実装。しかし納期と品質を大きく左右するのは設計とテストでした。
そして地図は、更新するたびに進捗報告にもなります。先月オレンジだったマスが青くなった——これほど分かりやすい報告はありません。
地図は「完成品」ではなく、定期的に更新する
この地図は、一度作って終わりではありません。私たちは、各マスの責任者、評価指標、次に確認する時期を決め、定期的に見直すことにしました。
青になったマスも、利用されなくなったり、品質が下がったりすればオレンジに戻します。色をよく見せることより、現在地を正しく共有することの方が大切です。
自社の地図を描いてみたい方へ
特別なツールは要りません。スライド1枚に自社の価値の流れと支える仕組みを並べ、3色で塗るだけです。始めるための問いは3つです。
- 自社の価値は、どの工程の連なりで生まれているか?(塗る対象を決める)
- 各マスを「青」と言い切れる数字はあるか?(正直に塗る)
- まだ青くないマスのうち、お客様への価値に一番効くのはどれか?(塗る順番を決める)
描いてみると、青く塗れるマスの少なさに驚くと思います。私たちもそうでした。でも、現在地が正直に見えることこそが前進です。見えていない課題は、永遠に塗り替えられないのですから。
弊社の地図も、青く塗れたマスはまだ一つだけです。これから一マスずつ青にしていく過程を、またこの場で共有していきます。同じ挑戦をしている経営者・推進担当の方と、ぜひ情報交換できれば嬉しいです。
前回の記事:「AIを導入する」と「AIで仕事を変える」は違う
現場の技術的な学びは、副社長グエン・ディン・バーの連載(#1 「出典のない回答」は使われない)で公開しています。
SY Partners / 代表取締役社長 ヴー・ビック・ゴック(Vu Thi Bich Ngoc) 公式サイト
